オーバードーズから考える若者支援:ジャッジせず、ただ「証人」になること


近年、若者の間で深刻化する市販薬のオーバードーズ(OD)。「なぜやめられないのか」「私たちはどう向き合うべきか」。精神科医の松本俊彦先生をはじめ、現場で支援に携わる方々、そして当事者の声を交えた対話から、これからの若者支援のあり方を学びました。

このレポートは聴講した際のメモをまとめたものであり、意訳であることをご了承ください。

【登壇者プロフィール(略敬称)】

  • 松本俊彦(精神科医 / 薬物依存症専門)
  • 風間かつき(依存症当事者 / 若者支援ソーシャルワーカー)
  • 松岡靖子(心理職 / スクールカウンセラー)
  • 田原浩一(学校薬剤師)
  • 芳賀高明(中学校教諭 / 生活指導主任)
  • 阿部恵(モデレーター / 日本大学薬学部)

1. 「だめ、ゼッタイ」が届かない理由

長年行われてきた「薬物乱用防止教室」のあり方が問われています。

  • 「やめさせる」ことが目的の介入の危うさスクールカウンセラー(SC)の松岡氏は、無理にやめさせようとすることは、本人にとっての「唯一の生き延びる手段」を奪い、大人との信頼関係を断絶させることだと指摘します。
  • ODは「死にたい」ではなく「生きるため」当事者の風間氏は語ります。「やめたら死のことしか考えられない。やめたら代わりに何をしてくれるの?」。ODは、しらふでは耐えられない苦痛をやり過ごすための必死の防衛策でもあります。

2. 「支える」とは何をすることか?

支援の本質は、問題を解決すること以上に、その子の状態を認めることにあります。

支援の視点大切な考え方
証人になる松本先生:「しんどいながら今生きていることの証人になる」こと。
ジャッジの保留ODしたことを善悪で判断せず、本人にとっての「肯定的な効果」を想像する。
人として扱う風間氏:「ODを取り除くこと」を目的化された瞬間、心のシャッターは閉まる。
対等なバディ上下関係ではなく、背中を預けられる「バディ(相棒)」のような関係性。

3. 職種別の「一歩先の具体」

学校現場で、それぞれの専門家がどう動くべきか。

● 学校薬剤師:知識偏重から「人を観る」教室へ

一方的な講義ではなく、SCや教師と連携し、その学校に合わせた環境作りを提案する。

● 学校教師:管理から「尊厳の守り手」へ

「正しさ」や「管理」を優先すると、生徒はSOSを出せなくなります。「親に言わないで」という訴えに対し、一方的に連携するのではなく、生徒の尊厳を守りながらどうフォローするかを一緒に煩悶するプロセスが不可欠です。

● スクールカウンセラー:ネットワークのハブに

SC自身が孤立せず、大人のネットワークで支えること。雑談を通じて「この人に話しても大丈夫か」というアセスメントの時間を大切にします。


4. 社会として目指すべき場所

松本先生は、現在の「SOSの出し方教育」の矛盾を突きます。「正直に話すと退学になる、殴られる」という空気がある中で、SOSは出せません。

  • 「雑談」の重要性習志野市立第五中学校の「ラッキースター(星を折る場所)」のように、目的がなくても誰でも入れる「雑談の場所」が学校には必要です。
  • 子どもの権利保障子どもの「意見表明権」を守り、大人たちが「無力であること」を自覚した上で、一緒に最善の利益を考える姿勢が求められます。

結びに:シラフで生きていきたいと思える社会へ

今日、一番印象に残ったのは、依存症当事者である風間かつきさんの言葉です。

戦争も起こって、差別も普通にあって、レイシストだらけの世界の中で、

それが可視化される政治で

そんな中で私たち生きなきゃいけない

生きろと言われる

むしろオーバードーズまでしてなんとか生きようとしてくれてありがとうっていう気持ちをまず持って接する

でもODしていると、そのうちどんどん死に近づいていくことは心配で嫌

というのはあくまで大人側の欲求なんだということをまず自覚すること

その上で

子どもの意見表明権の保障や権利に根差した関わりをやっていきたい

シラフで生きていきたいと思えるような社会を作ることから始めてほしい

これはグッさりと胸に突き刺さりました。

子どもは大人の歪みを理屈でなく空気で生きづらさとして感じている。

オーバードーズするか、リスカするか、不登校になるか、引きこもるか、政治にのめり込むか、全て子どもが生き残るための選択なのかもしれません。

そのことを肝に銘じて、米子市政のあり方を質していきます。