「どう死ねばよいのか、それが分からなかった」――『透析を止める日』を読んで

「どう死ねばよいのか、それが分からなかった」
この帯の言葉に突き動かされるように本書を手に取り、一気に読み終えました。著者はジャーナリストの堀川惠子氏。難病のため若くして透析を続けてきた夫と、献身的な看護の末に彼を看取った妻の記録です。
本書の圧倒的な臨場感は、堀川氏が「妻」という当事者でありながら、「ジャーナリスト」としての鋭い客観性を失わなかった点にあります。積み上げられる緻密な事実は、まるで上質なドキュメンタリー映像を見ているかのように、読み手の心に迫ってきます。
この本が投げかける問いの重さを語るには、私の言葉では足りません。巻末に寄せられた南学正臣先生(東京大学教授)の言葉を引用させていただきます。
本書は、堀川惠子氏がご自身の体験に基づき、世界トップレベルとされる日本の腎不全医療が抱える問題に鋭く切り込み、日本の医療の及んでいない点を指摘した素晴らしい作品である。記述は読みやすく、専門家として読ませていただいてもとても勉強になった。
医療の隙間にある「苦痛」を可視化する
本書で大きな問題として扱われているのが、**「透析患者を含む慢性腎不全の患者さんに、緩和ケアの適応がない」**という現実です。
こうした声が届いたのか、2026年6月からは診療報酬が改定され、透析を中止した腎不全患者さんの緩和ケア病棟での受け入れが対象となりました。これは日本の終末期医療において、非常に大きな一歩と言えます。
私自身、父を肺気腫で、母を大腸がんで看取った経験があります。治療が困難になった際、いかに苦痛なく最期を迎えられるか、というテーマは私の人生における大きな関心事です。
母は大腸がんによる腸閉塞で「食事が取れない、いつか腸が破裂する」という過酷な状況でしたが、これまでの闘病経験から「これ以上の痛い思いは勘弁してほしい」と、医師が勧める処置をすべて拒否しました。
幸い、薬剤師という仕事柄、緩和ケアの知識があったため、母を緩和ケア病棟へ移すことができました。そこではシャワーを浴び、かき氷を楽しみ、昔話をしながら、オピオイド(医療用麻薬)の助けを借りて、大きな苦しみもなく最期を迎えることができました。
しかし、透析医療の現場は違います。本書を通じて知ったのは、透析を止めるという選択が、肺水腫による「溺れるような呼吸苦」を伴うという残酷な事実でした。どんなに透析そのものが苦痛であっても、止めることさえ容易ではない――。その現実を突きつけられました。
「腹膜透析」という選択肢と、これからの米子市
本書の第二部では、終末期の問題提起とともに「腹膜透析(PD)」の可能性についても詳しく触れられています。
私自身、調剤の現場では病院に通う「血液透析」の患者さんに接することが多く、在宅で行う腹膜透析については、本書で改めて深く学ばせていただきました。
腹膜透析は、最期の瞬間の苦痛を和らげる可能性を持つだけでなく、日常生活における身体への負担が少なく、頻繁な通院も必要ありません。さらに、年明けに地震に見舞われたここ米子市のような地域においては、**「災害時でも継続しやすい」**という大きなメリットがあります。
現在、米子市では以下の3つの慢性腎臓病(CKD)対策を行っています。
- 慢性腎臓病対策事業(eGFR値による専門医受診・相談)
- 糖尿病性腎症重症化予防事業(保健指導)
- 人工透析患者通院費助成事業
①と②は予防、③は経済的支援です。しかし、患者さんのQOL(生活の質)をさらに向上させるためには、腹膜透析の推進や、終末期における緩和ケアの充実など、まだ踏み込める領域があるはずです。
まずは実態を調査し、米子市の行政として、透析患者さんとそのご家族にどのような役割を果たせるのか。
「どう死ねばよいのか」と悩む人が一人でも減り、「このまちで最期まで自分らしく生きられる」と思える体制を模索していきたいと考えています。


